Hard Sentimental Journey 2
金沢から富山、そこからさらに乗り換えて越中八尾まで。富山駅の構内は「おわら風の盆」のポスターでいっぱいだったのに、当の駅は閑散としていた。祭りが始まるのは明日の夕刻からだからこんなもんなのかな、と駅を出ると、左手に白いテントが畳まれたまま出番を待っているのが見えた。
駅前の小さなロータリーに市内循環バスが何台か停まっていたけど、目当ての一日2本しか走ってない○○村行きのバスは乗り場さえ見つけられなかった。バスに乗って待機していた運転手さんに聞いてみると2番だという。さっき見たけど何も書いてなかったよなあ、と回り込むと反対側(道路側)にちゃんとありました。なにせこのバスに乗り遅れると200円で済むバスの運賃が5000円以上もするタクシー代に化けてしまうので必死。発車時刻が近づきこれかな?というバスが入ってくると、向こうでさっき尋ねた運転手さんがわざわざバスから降りて、そのバスだと指で差して教えてくれたのでした。みな親切な方ばかり。
連絡の電車が到着して○○村行きの客が乗り込み、出発して約50分、車中では全く遠慮のないボリュームの中国語が終始飛び交っていた。八尾の町を抜けてどんどん山の中に入って行く。相変わらずスリリングな道のり。この小型のバスがギリギリの道幅、ガードレールもない崖っぷちを走り抜ける。会場の公演を通り過ぎて2キロ、民宿の前で降ろして頂く。明日もここから乗せてもらえることを確認、お礼を述べて下車。
案内された部屋は6人部屋で、ホントに最後の一人、ギリギリセーフで宿がとれたということが、入ってすぐ目の前に敷かれていた私の布団でわかった。部屋にはさっきついたばかりという短大生が疲れ切った様子で二つに畳まれた布団に突っ伏していた。6時に夕食、7時に会場までバスが出る。天気がこのままもってくれればいいなと思っていると、ほどなく窓ガラスに打ち付ける激しい雨音が鳴ったり止んだりの繰り返し。あきらめてデイパックにレインカバーをつけてバスに乗り込んだ。道沿いに建つ民宿からピックアップした観客でバスの中は小さな国際都市に。私たちはこれからあの熱い空間を共有する同志になるのだ。
一緒に食事をした同室の短大生と会場へ行き、受付で整理番号と、紙コップと三つ折りのクッションシートの入った透明のビニールバッグを受け取る。初めて来たという短大生に「この紙コップはね終演後に樽酒を観客に振る舞うのに使うの。変わっていなければね」と言うと、「そうなんですか?!」と目を大きくあけて嬉しそうにしていた。会場整理が始まって、番号が離れていたので短大生とはここでお別れ。小降りになったと思った雨が少しずつ強くなっていた。
すり鉢状になった野外劇場。客席の一番後ろ(つまり一番高い所にある舞台を見下ろす位置)の中央のスタッフルームから聞き覚えのある割れた声がもれてきた。この雨にもかかわらず客席はいっぱいで、観客席の通路にはすぐに長い列ができた。が、まるで私にここに座れと言わんばかりに一人分の席がぽっかり空いていた。間もなくその通路もやがて客席となって埋まっていった。斜め前の中国人が傘を差している。雨でも観劇の妨げになるので傘はご法度だ。そのために雨合羽を持っていない人には入口で無料で配布される。
「傘は差さないでくださーい!ノー、アンブレラ!」
甲高い女性の声。この人こそ本物の魔女だ。私より年上だけど全く年を取ってない。何一つ変わっていない。が、声を掛けるのはやはり躊躇ってしまった。いい辞め方ではなかったし、何しろひどく忙しい人たちだ。過去のことなど、ましてや去っていった人間のことなど今さら…、と。でも、目の前にいる、知らんふりするのは嫌だった。
「△△さん、お久しぶりです」
「ああ!元気?」
短い会話、開演時間が迫り私たちはそれぞれの持ち場へ。彼女はスタッフとして、私は観客として舞台と対峙する。本当は私のことなど遠い記憶の彼方で、引っ張り出すのは容易なことではなかったはずで、うまく口を合わせてくれただけかもしれない。なにせ新人のころを知っている役者がメインの舞台で主役を演じている、それだけの年月が現実に流れていたのだ。でも、それでもよかった、よかった。
雨はますます強くなって、時々光る稲妻さえ演出のようだった。こんな雨で花火は大丈夫だろうか?という心配は最初の打ち上げですぐ払拭された。雨中の花火が闇の中から深緑の山々を浮かび上がらせ東山魁夷の作品のように幻想的に舞台を彩る。濡れたステージは水鏡の如く色彩を豊かにする。雨に負けじと水を含んで重くなった紅白の衣装を引く巫女たちの動作もいっそう力強く、感覚は研ぎ澄まされて放出されるエネルギーに圧倒される。が、上がり続ける花火を見ているうちに、やっと来ましたよ、なんて思いが込みあがってきて、雨が降っていてよかったなと一瞬思ってしまったり。
公演が終わって、ステージでは県知事、市長による鏡割りが行われ、観客がぞろぞろと舞台に降りていった。私もなみなみ注がれたお酒をもってまた客席へと戻って高い位置からその様子をデジカメで撮ってみた。が、何度撮ってもブレブレで諦めて帰ろうとした時、見たこともない大きなオレンジ色の蛾が目の前に現れた。体長20cmあろう大きな羽を重たそうに羽ばたかせながら、私の目の前を左右に行ったり来たりして離れようとしない。○○さん?
「フルさん、やっと来たわね」
そう、言ってるみたいだった。
続く。