春、東北、温泉郷 2日目(緊急事態宣言前のことです)

 朝食では旅館ならではの豊富なおかずとつや姫を美味しく頂き、コーヒーを飲みながらやっぱりビジネスホテルとは違うなーと。ホテルだとどこも似たようなサービスの軽い朝食なので食べないで済ませることもよくあった。チェックアウトまでの1時間をテレビでも見ながらのんびり過ごそうかと思っていたところにフロントから電話が。

 本日乗る電車の時間をチェックインの時に告げていたのだが、なんと強風で全て運休になってしまったと。そのため新庄駅まで送迎バスを出してくれることになったが、ここを9時半に出発するという。予定ではその1時間後の電車に乗るはずだったが復旧する見込みは無さそうだったので有難く申し出を受けた。

 売店で胡椒いりのごぼう茶とペットボトルのお茶を購入し、ラウンジで出発までの時間を過ごした。マイクロバスがほぼ満席になるくらいの宿泊客。朝食の会場で見た殆どの人はマイカーで来たのか。バスは30分ほどで新庄駅に到着、乗り継いで大石田駅に10時半着。

 さてどうしよう。お目当ての銀山温泉に向かうバスは12:35までない。2時間もある。この雨と強風では散策もできない、かといって立ち寄るだけの観光でタクシーに乗るような散財もしたくない。どうしたもんかなと考えていると、目の前に宿泊したいと思っていた宿の名前が記載された送迎バスが止まった。宿泊客を乗せた電車も遅れているらしく、運転手のおじさんが駅構内とバスの間を行ったり来たりしていた。乗る予定だった公共バスでは旅館の日帰り温泉の時間には間に合わないので、公衆の温泉浴場に入れればいいかなくらいに思っていたのだけど、このバスに乗ることができれば…。

 私は意を決して交渉することにした。

 

「すみません、これは○○旅館の宿泊客専用のバスですよね?」

「そうです」(怪訝そうな顔)

「宿泊ではないのですが、○○旅館の日帰り温泉に入りたいと思っているのですが乗せて頂くことはできないでしょうか?」

「ああ。まあ、私の采配で決めていいことにはなってるんですけど、今回は○○旅館ではなくて、△△旅館の宿泊客の送迎なんですよ」

「あ、△△も知ってます。本当は宿泊したかったんですけど、一人だと予約が取れなくて。こちらに乗れたら日帰り温泉に入れるなと思って」

「うん、まあ、いいですよ。日帰り温泉を利用してくれるなら。私から宿の人に言っておきますから」

「ありがとうございます!」(やったあーと、たぶん全身で表現してた)

 

 宿泊客が到着し続々と乗り込んだのを見届けて最後に運転手さんの一番近くの席に座わった。赤信号で止まったところで、再度「本当に助かりました。おかげで温泉に入ることができます、有難うございました。」と。それから運転手さんと、観光シーズンになると駅はものすごい人だかりになって大変なことになり、バスを何台も出して何回も往復することになるとか、コロナウィルスのこととか雑談を。

 そうか、オーバーツーリスムになるから公共バスは電車の到着の数分前に出発しちゃうんだな、と思ったが、ここまで来る人は旅館に宿泊する人ばかりだからマイカーか宿の送迎バス利用で、そんなに公共バスを利用する人はいないのかもしれない、と思ったり。

 

「今日はちょっと遅れてるから近道しますね」

「はい」

 ほどなく銀山温泉郷へ。

「ここが○○旅館です。よかったらここの日帰り温泉も入っていってくださいね。バス亭はすぐそこです。このまま△△旅館まで行きます」

「はい、ありがとうございます」

 

 最後の客が降りてから財布をだし乗せて頂いた料金を払おうとしたが、日帰り温泉に入ってもらえればそれでいいからと固辞された。

 

「××さん、このお客さんは日帰り温泉のお客さんだからよろしく」と、宿の案内の方に告げると送迎バスは来た道を戻っていった。

 

 宿泊客の受付が終わってから、日帰り温泉の料金を支払い一人脱衣所へ向かったのがお昼前。ふふふ、かーしーきーりー。少し熱めの温泉につかり、小肥えた、じゃなくて(はずれてもないが)、凍えた体を温めた。

 体が温まったところで、宿を出て観光。しまった湯冷めする、とようやく気づく。しかも雨は雪なったり雨になったり。雨宿りに入ったレトロなお店で名物のカリーパンとコーヒーのセット頂く。座った席の壁には吉永小百合さまのサインが。さて帰りのバスの時間までどうしようと時計を見ると、まだ余裕でもう一つ日帰り温泉が入れる時間だった。目指すはバス亭の近くの○○旅館。

 

 今度は川の反対側の通りを写真を撮りながら戻った。昼もじゅうぶん風情があるけれど、やっぱり夜の景色のほうが良いかな、とにかくここは宿泊しなきゃもったいないところだと改めて思った。次は必ず。

 小さなバス亭の時刻表を確認し○○旅館の駐車場にさしかかったところで、軽トラックが接近してきてなんだろうと思っていると窓があき、男の人が顔をだした。

「こんちは!」

 見るとさっき乗せてきてくれた送迎バスの運転手さんだった。

「あー!△△旅館の日帰り温泉入ってきましたー。今度は○○温泉に入ります!」と宿を指差しながら言うと、

「どうも!」と、笑って去って行った。

 

 二つ目の温泉につかりながら、電車が運休になったと連絡が入った時はどうなることやらと思ったけど、こうして無理だと思っていた銀山温泉で二つの宿の温泉に入ることができたなんて、なんてラッキーなんだろう、何がどう転ぶかなんてほんと誰にもわからないものだな、なんてことを考えた。使い果たしたはずの運がまだ少し残っていたのか。

 そういえば、私は四つ葉のクローバーとよく目が合い数分のうちにたくさん見つけることができるのだけど、それを姉に見せると「そんなことで運の無駄使いするな」とよく言われた。四つ葉に関しては私としては別に運とか思ってなくて、ホントにただ目が合うだけなんだけどね。

 

 日帰り温泉の終了の10分前に出て、バスの時間までラウンジの大きな一人掛けのソファに座って一休み。外は相変わらず雨になったり雪になったり。お土産を買って10分前になったのでバス亭へ向かった…が、やはり寒かった。この10分前行動を心底呪ったワタクシ。せっかく温まったのにまた湯冷めだよ!始発だし、バス亭近くなんだからギリギリまでラウンジに居ればよかったんだ。風が吹き抜ける小さいバス亭のベンチには私の他に3人の若者が凍えていた。

 

 やっと、というか時間通りにやってきたバスに乗り込んでほっとしていると、あることに気づいた。事前に調べたこの公共バスは駅までバス亭がいくつもあるのに、全く次のバス亭を告げるアナウンスというものが無いのだ。来る時公共バスに乗ってこなかった私は不安でしかたがない。だってバスの前方には「銀山温泉山形空港」と書いたプレートが下がっている。確かバス亭には空港直行便というのも書いてあった。間違って空港直行便に乗ってしまったのか?だからアナウンスが一つもないのか?と。運転手さんに訊くか?でも料金は大石田駅までの料金だったし、でもここで確認しないで空港に連れて行かれたら大変なことになるぞ、と、赤信号で止まったところで運転手さんに「空港往復のプレートが出てますが、このバスは大石田駅に行きますか?」と尋ねると、運転手さんはぶっきらぼうに「行きますよ」と。何言ってんの、当たり前じゃん、という心の声も続いて聞こえた。

 

 びっくりした。その後相変わらず無音だったバスの中で突然ピンポーンと停車ボタンの音が響いたのだ。何も告げない運転手さんと、無言で降りる女性客。ここは何処なんだと思いながら、手前の建物を見ると市役所だった。市役所、バス亭の中にあった市役所前か。すげぇー、これはひょっとしてジモティ御用達の公共バスなのか。ジモティ以外の人間は銀山温泉乗降客しかいないと割り切って、バス亭のアナウンスを一切していないのか?なんにしても初めての経験。

 

 無事、駅に着いたと思ったら、ここからが大変だった。台風の影響で東北新幹線が遅れ、その影響で在来線も遅れに遅れていたのだ。温泉効果が完全に消え、寒くなってきたのでバッグからウルトラライトダウンのベストを引っ張り出して着こむ。安堵。荷物になるかなと思ったけど、持ってきてよかった。

 何も知らずに駅構内に入ってくる乗客が30分ごとにやってきて駅員さんに説明を求めていた。そのやり取りを何度か聞いているうちに新幹線が動き出したので在来線もその後に続くだろうわかった。駅に足止めされること約2時間。でも、2パターン用意しといた後のほうのスケジュール通りだと思えば何も問題無しだ。

 

 ということで、予定通り18時にさくらんぼ東根駅着。寒い、お腹すいた、と浮浪者のようにホテルに向かう途中、モスバーガーの看板が目に飛び込み、猫まっしぐら。体が温まってから寒風吹きすさぶ中、天然温泉のあるビジネスホテルに向かった。同じ系列の高山のホテルに泊まったことがあるけど、ここは男女入れ替え制ではなく、男風呂は1階で、女風呂は私の部屋と同じ2階なので安心して温泉に入れる。

 荷解きをして、ベッドに少し横になるとチェックイン時に持ってきた枕がどうにも低すぎたので別の枕を取りに一階へ戻った。適度に高さのある枕を持って、エレベーターが降りてくるの待っていると、ホテル備え付けの部屋着(ビッグシャツ風の)を着て、酔っぱらいがよく頭にネクタイを巻くような感じで濡れたタオルを頭にしばりつけた温泉から出てきたばかりの全身赤く火照った小太りの男性がエレベーターの前に現れた。並んで待っていると、男性が先に入って、どうしようか迷ったけどエイっとエレベーターに乗り込んでしまった。いつもの私だったら絶対見送っていたが、なぜだろう?乗ってしまった。なんかその恰好がコントでしか見ないようなとても愉快な感じだったのだ。まるでドランクドラゴンの塚っちゃんにそっくり。本人じゃないかと思うくらい。相手も乗り込んできた私に「乗るんかい?!」と少し怯んでいた感じで、余計に愉快だった。

 

 部屋に戻って枕の高さを確認し、横になってテレビをしばし眺める。今時は部屋だけでなく、浴場も暗証番号入力なのね、と安心して、本日三度目の温泉を堪能。もう湯冷めの心配はない。