再掲載-3(2004.07.05)


【猫の時計屋さん】


 職場でふと腕時計を見ると秒針が止まっていることに気づきました。私は普段からお風呂に入る時くらいしか腕時計を外すことはありません。学生の頃からの習慣、というか、「0.2秒遅い!」なんてマジで言われてしまう部活動に身を投じていたりしたので、時間厳守は鉄の掟でした。
 なので、早速仕事帰りに時計屋さんへ。そこは私が子供の頃からある駅前通りの古い時計屋さんでした。

 中に入るとおばあさんが一人店番をしていて、私に気づくと「今、呼びますからね。」と、内線電話で夫である店主を呼び出しました。その時、ショーケースの上で、ぬいぐるみだとばかり思っていた黒猫がぬぅーっと起き上がったのです。
 恐る恐る背中を人差し指で撫でると、その黒猫の好奇心は私に一心に注がれました。


「ナニナニ?ナニ、アンタ?」


 まるでそう言っているかのように、その猫の三色の瞳が語っていました。人間でいうところの白目の部分がゴールドで虹彩の所が深い緑、そして真ん中の縦長の黒目。どちらかというと猫は苦手、というか怖くてこんなにじっくりと近くで見たことはありませんでした。
 不思議な目にじっと見つめられ、私はちょっと焦りました。すると、ショーケースの上をゆっくりと歩いてどんどん私に近づいてきたのです。


私 「あ、ちょっと怖いです。」

老婆「怖いんだって。ほら、こっちにおいで。」

私 「犬は飼っているんですけど、猫は、ちょっと…。」


 なかなか私の元を去ろうとしなかった、というか、私に興味津々だったようです。よく見ると、おばあさんの後ろにも三毛猫(9年目の老猫だそう)が。

 やっとおじいさんが現れて電池の交換を始めたのですけど、またしても違う猫が現れました。今度のは、それまで私が見た猫の中で一番美しい猫でした。白というかグレーというか銀というのか、艶やかな毛並みも立派でしたが、驚いたのはその瞳です!薄い水色の、とびきり大きなビー玉!横から見ると水晶体が大きく飛び出しているのがわかりました。猫の目はあんなにも美しいものだったのか、と。


私 「キレイですね。目が水色のビー玉みたい。なんていう種類の猫なんですか?」

老婆「たぶん雑種でしょう。これ、全部拾った猫なんですよ。この黒いのは1年目で、一番人懐こいの。」

私 「そうなんですか。あ、私の飼ってる犬もそうなんです。海で…。」


 気づくとさっきの黒猫が私の両足の間に入ってじゃれていました。それを見て、今度は店主であるおじいさんが話し出しました。


店主「まだ臍の緒がついている状態で捨てられていたんですよ。死にそうになっていたのをミルクを飲ませてやって、ここまで大きくなったんです。私たちを親だと思っているんです。」

私 「そうでしょう…。それにしても、こんなキレイな猫、見たことないです。」


 お世辞ではなく、心の底から思ってそう言った。


店主「いい時計ですね。10気圧だ。」

私 「そうなんですか?ずっと昔の古いものだからわからなくて。」

店主「それにチタンだ。チタンは肌にもいいですよ。」

私 「私、金属アレルギーでチタンじゃないとダメなんです。」

店主「私も皮膚が弱くて。これは治りませんね。」

私 「そうですね。私も10年くらい皮膚科に通っているんです。」

店主「ほぅ。私の娘もね、動物アレルギーで、猫がいるから店にくるともう咳込んでひどいんですよ。……。さあ、後少しでできますからね。」


 おじいさんが私の所に来て腕時計を渡してくれました。


店主「こらイチロウ(水色の目の猫)、いつの間に。あっちに行ってなさい。」

老婆「ちがうわよ。これはサクラよ。イチロウは向こうへ行っちゃって、入れ違いでサクラが来たの。」

私 「あ、えっ?二匹いるんですか?!あ、そういえば、こっちのコのほうが目と顔がちっちゃいかな。」

老婆「そう。二匹で捨てられていたの。だから、"サクラとイチロウ"って名前をつけたの。」


 最後にゆっくりと私の顔を覗き込んだおじいさんの目が、あのとびきり大きなイチロウの瞳と同じ色をしていることに、私はやっと気づいた。