呪縛からの解放、そして許しと救いを彼に…


 見た瞬間に、たった6文字の意味することを解読してしまう私。エニグマよりも高性能な暗号解読機なのか?いやいや、ただの自意識過剰、思い込みが人よりちょっと激しいだけで、んなわけな…い。だとしても、もう関係ない。
 が、そこから始まった夢幻地獄。丸井の眼鏡ショップで見掛けた白い幻、もしくは白日夢?まるで昭和の運動会の小学生みたいな全身白の大男。ダサっと思わず目が点になる。そして駄目押しのように背中に斜めかけした黒いバッグは、大男の広い背中に張り付いた巨大なゴキブリにしか見えなかった。

 いったい何時代の人だよっ?!

 妹にたびたび突っ込まれるその台詞を心の中でつぶやく。
 が、次の瞬間、眼鏡を物色しながら振り向いた大男の顔を見て息が止まった。すかさず背を向け上がった息を整える。固まった全身の筋肉の緊張がほぐれるのにいったいどれくらいの時間がかかっただろう。5分、いや10分か?もうどこかに移動していてくれ、そこに居ないでくれと願いながら振り向いたくせに、いないとわかると目が泳ぐのはなぜなんだ。
 一人、…だったな。それとも別のフロアに彼女がいたんだろうか?子どもは?ほしがってたよな、自分の家族をもちたい、縁側でほのぼのしたくなったって。でも、なんであんな酷いカッコしているの?彼女は何も気にしない人なの?私だって気にしない方だけど、彼の趣味の悪さったら半端ないんだから。ほっといたらあずき色の大きなペイズリー柄のシャツとツータックの茶色のズボンで、まるでチンピラみたいな格好で現れるんだから。実家や姉の家に遊びに行った時は、「Kにはコレが一番似合うよ」って言ってブルーのジャージに着替えてもらっていたんだから。実際、ジャージ姿が一番カッコ良かったんだけど。別にスポーツしてたんじゃなくて、花壇作りに精出していたんだけど…。
 なんでだ、なんでだ、なんでだーっ!結婚していてくれ、独り者じゃありませんように。Kのお父さんの遺影の前で誓ったこと破ったけど、そうなったのは私もいけない所がいっぱいあったからで、最初は確かに「Kのお父さん、私の変わりにKに罰を与えて下さい」なんて、ムシのいいことお祈りしたけど、もう時効です。もう十分です。彼が結婚していようがいまいが、10年以上の歳月かけてやっと今年になって私はその呪縛から解き放たれたのです。だから、彼のことも許して下さい。Kの大嫌いな、ゴキブリ・ルックから一刻も早く解放してあげて下さい。
 その昔、ゴキブリを無言でやっつける私に、隅っこで目をキラキラさせながら「惚れ惚れするぅ〜!」と言っていた彼なのだから。