青空を、逃して


 寝つけずにベッドからでると、室内の冷たい空気に思わず肩が震えた。部屋の灯りを点けると温度計は16度を表示している。これって寒いんだろうか?セルゲイさんは1月の海でも平気で海水浴に行っていたという。まあ冬は-40度の国の人からすれば、毎日がインディアン・サマーのようなものなのだろう。
 フリースのガウンを着て頑張ってみたが背中まで冷えてきて限界、たまらず暖房を入れるといつの間にか眠ってしまった。おかげで目覚めた時には喉がカラカラ、頭も少しズキズキした。横になったまま右手でカーテンをひくと、小さな、それでいて真っ青な空が見えた。
 起きなきゃ、と思うも体が動かない。風邪をひいたかな。こんなに晴れているのにもったいない、と思っている自分の変化に気づく。が、それを吹き消すように頭から布団を被ってまた眠りについた。
 午後、まだ明るい空。いつもはとっくに陰っているのに。絶対起きない、なんて意地になったのが禍したのかベッドから出た時には酷い頭痛。が、ロキソニンを飲むとたちまちその痛みから解放されてその効能に驚く。母から架電。明日から町内の慰安旅行にでる両親から、母方の叔父からの沖縄土産をPちゃんに渡してほしいと託される。
 午後8時、食材を買いに行かなければと思いながら延ばし延ばしにしていたことを猛省する。が、猛省はすれど料理する気にはなれず散歩がてら近くのコンビニにまで買い出しに。まだ漆黒の闇とはほど遠く、星が綺麗に見えない。ケンブと一緒の深夜の散歩を懐かしく思う。冷たく澄んだ夜空にたくさんの星が煌めいていたっけ。
 買い物を済ませ街灯のない歩道を懐中電灯で照らして歩いていると、向こうから無灯火の自転車が近づいてきた。気づいたのは、片手に持ったタバコの小さな火が見えたから。眉間に深い皴が寄るのを感じながら左に寄ってかわす。道路交通法違反!通り過ぎて行った自転車の背中に向かって小さく叫んだ。田舎のオヤジはこれだから嫌いだ。都会のすかしたヤツらも嫌いだけど。いや、私は人間が嫌いなのかもしれない、と思った。
 部屋にもどって、積ん読の中にモリエールの『人間ぎらい』があることを思い出し、引っ張り出してみた。明日も全国的に晴天だとか。これなら外出先で一気読みできそうだ。
 明日は、逃さないぞ。