お月さまからの贈り物


 クリスマスのこと。


 妹宅に泊まったワタクシはシーンと静まり返った部屋で目覚めたのでした。時計を見れば午前10時。「ああ、そうか、Pちゃん今日は学校なんだっけ、Cちゃん(妹)も今日はパートかー」と、寝ていたのでそのままにしておいてくれたんだなと理解し、髪はボサボサ、パジャマ姿で歯ブラシを咥えながら居間の扉を開けると、なんとそこにはお客様にアロママッサージの施術中の妹が…。


「ごめんなさい!」


 ガクガクブルブル。慌てて戸を閉め和室に引っ込んだワタクシは妹の鬼のような形相が頭から離れず、歯ブラシを咥えたまま頭を抱え込んで突っ伏してしまったわけです。妹はウィークデイのパートの他に休日は自宅でアロママッサージをしていて、お客様に施術してる時は、基本、姉の家に居るか、もしくは部屋から出ないということになっている。なのに、よりによって施術中に、しかも他人様にはとても見せられないような恰好で戸を開けてしまうなんて…。こわい、こわ過ぎる!今すぐここから逃げ出さなければ!避難、姉の家に一時避難だ!ケータイで姉に電話すると、これからプールに行くという。行く!私も行く!状況を説明して「バカだね〜」と笑う姉に「つきましては水着を拝借したい」とそこは冷静に伝える私。


 とにかくまずはここから逃亡しようと着替えて音も立てずに玄関に降り、しっかり内側から施錠された鍵を開けようとしたのですが、上の鍵が堅くて回らない。なんなんだこの鍵はの堅さは?ゴリラ仕様の家なのか?まあ、妹ならじゅうぶん有り得ることだ。


 何度試みてもガチャガチャと虚しい音が響くだけ。これ以上すると般若顔の妹が出てきそうで怖くなって諦めて靴を持ち和室の戸から出ることにした。するとナイスなタイミングで姉が水着を持ってやくるではないか。持ってきたのは姉のLサイズの水着と姪っ子Aちゃんが高校の時に着ていたスクール水着。文句の言えないワタクシはまずスクール水着(と言ってもセパレートタイプ)の方を試着。すぐに脱ぐ。これに関しては何も言いたくない。


 車を移動したいので妹のキーを借りてきて、という姉に、先ほどのワタクシの失態を考えたらとても恐ろしくて声を掛けられません、というとまた笑いながら和室から入ってきて、扉のほうではなく奥のカーテンで仕切ったほうから妹に声を掛けておりました。その間に私は和室から外に出て、姉の履いてきたサンダル持って玄関の前で待っていたのですが、姉は難儀しながらもなんとか玄関の鍵を回すことができたのでした。姉もゴリラ決定です。


 玄関先で、「どうだった?」と震えるハムスターのように尋ねる私を脅すかのように、「こわかったよ〜、無言でフンて渡された(笑)」と答えるゴリラ。「そうだよね、だって営業妨害しちゃったんだもん…」シュンとして項垂れた時、私の目に止まったのはゴリラの、いや、姉の履いてるサンダル。


「ねえ、Bちゃん。そのサンダル、お客さんのじゃないの」


「え、Cちゃんのだよ〜。だから履いてきたんだもの」


「だって、さっき玄関に降りた時そのサンダルしか出てなかったよ。つまりお客さんが履いてきたものじゃないの…?」


「!!!」


 表情が固まって慌てて玄関戻って行き、自分が履いてきたサンダルに履き替えるゴリラ、じゃなくて姉。あぶないあぶない、姉二人して妹の営業妨害するところだった。


 姉の家でピアスを外し、2000円だけ入れてきたポーチの内ポケットにしまい、水着のほうは結局姉の古くてダサいワンピースを借りました。プールでは20分ほどウォーキングをしてミストサウナに入りそれからビート板を持ってまた20分泳いでいたのですが、姉が神妙な顔をして


「なんだか隣のコースにウ○チみたいなのがあるんだよね。二か所。フルちゃん、確かめてきてよ」


「やだよそんなの。近くにも行きたくないよ」


 私は寒くなったのもあって温かいジャグジーに入った。姉もついてきて、それでもずっとウ○チだと思う、なんだか踏みつけたみたいに伸びてるんだよね、と言い続けるので「それなら係員の人に言って確認してもらえば?そのままにしといたら施設だって大変でしょ」と。「そうだよね」と、意を決して立ち上がり、しばらくして戻ってきた姉に「どうだった?」と聞くと私の隣にきてゆっくりと係員の言葉を繰り返した。


「錆です」


 そんなことだろうと思ったよ。笑いながらプールを出てお風呂に入り、何も食べていなかった私はお腹が空いて、途中、コンビニに立ち寄りサンドイッチなどを購入してから帰宅したのでした。


 帰宅すると、4月に初参加したロードレースに浮かれて買ったはいいが使いこなせず、また使いこなす気が全くなくなったハートレートモニター&GPS機能付きのポラールの腕時計をプレゼントした義兄が「着けた時に冷たくなくていい」と迎えてくれました。少し休んで落ち着いたところでピアスをポーチから出すと、一個しかない…。


「ゲッ、落としてきた?!」


 鞄の中をひっくり返してもどこにもない。プールのロッカーにあるかもしれないととりあえず電話してみる。ない。あんな小さいもの落としたらそうそう簡単には見つからないだろう。ポーチに触ったのはプールで入場券を買った時と、コンビニに立ち寄った時に車の中で千円札を出した時だけ。車の中になければもう見つからないだろう。一通り探してみたが、ない。

 プラチナのプチダイヤのついたピアス。気に入って買ってからもう何年もつけ続けていた。昨日からなんかやたら物を落とすなあ、と思っていたらこれか。しかたない自分の不注意だ、と諦めて妹の家に帰り支度に戻ると、Pちゃんも学校から戻っていた。妹は私が怯えているのをじゅうぶんわかっていたのか責め立てることはせず、ただ不気味にニヤニヤと笑っていた。Pちゃんが小さい時に比べたらだいぶ質素になったクリスマスの食事を済ませ、23時近くにお暇。


 帰りに、温かい飲み物でも買おうとプールの帰りに寄ったコンビニへ。車を止めてから、さっきはちょうどこのへんに停めたんだよなあ、と、月明かりに照らされて青黒くザラザラしたコンクリの上をなぞってみた。やっぱりないよなーと思ったその時、砂利に混じって一際輝くものが。近づくとなんと私の落としたピアスだった。すごい、私、強運の持ち主!牽かれたのか少し曲がっていたけど、このくらいなら大丈夫。今度は失くさないように大事に持ち帰って、今、私の右耳に。


 おかえり、私のピアス。すごく嬉しい。