Hard Sentimental Journey 1


 我が家では夜に大きな蛾が現れると亡くなった人が会いに来たと言う。



 金曜の夜、金沢行きの夜行バスに乗り込む。隣に座ったのは胸ポケットから紺色のIDカードのストラップを垂らした冴えない公務員、といった風貌の大顔の男。乗り込んでいきなり缶ビールをがぶ飲みした時から嫌な予感がしていた。こちらが浅い眠りについて間もなく、左の脹脛に何かが当たってきた。隣のビッグフェイスの足が大股開きになってこちらのテリトリーに侵入してきていたのだ。たまらず膝の後ろに置いておいたデイパックを横にずらし防御壁にした。しばらくすると今度は額に何かが触ったのを感じた。目を開けると、ビッグフェイスのその大顔が飛び込んできた。


 い〜や〜〜っ!!!


 当たっていたのはヤツの前髪だった。たまらず体を起こして「すみません、傾き過ぎです!」と右手でビッグフェイスの右肩を強く押したがビクともしない。むしろ押し返してくるような力さえ感じた。あきらめて体の向きを変えると、1分も経たないうちにビッグフェイスは伸びをするかのようにして体の向きを変えた。本当は起きていたんじゃないのか?そう疑いながらも、すぐさま自分の椅子のリクライニングを解除してビッグフェイスの座っている背もたれとに段差を作りこちらに二度と侵入できないよう冷静に対処した。

 これでもう大丈夫だ、そう思っていたのに今度は腰の辺りに何かが当たった。それはヤツと私のテリトリーを分断するはずだった中央の手すり、の上に載せられたビッグフェイスのビッグハンドからだらしなく伸びていたビッグフィンガーだった。もうキモチワルイったらありゃしない。なんか間に挟むものはないか探してみたが、適当な大きさのものが見つからなかった。前の座席のネットの中にA5版の案内シートのようなものを見つけ、それをヤツのビッグフィンガーの下に滑り込ませるように右手で持ち、直接体に触れられないようにするのが精一杯、おかげで全然眠れませんでした。

 因みにそのビッグフェイス、本当にぐっすり眠りこんでいたようで富山駅近くになった時、寝過ごしたと思ったのかガバッと飛び起きたと思ったらそのまま脊椎反射のように右腕を私の目の前に伸ばして閉められていた窓のカーテンを開けようとしたのです。その一連の動作の速さったら、弛緩しきったビッグフェイスからは想像もできない、まるでボクサーのようでした。が、伸ばされたリーチはビッグフェイスほどロングではなく、カーテンまでは全く届かなかったわけですが、殴られる!と私を脅かすほどの太さは十分ありました。

 そんな感じだったので、もういい大人なんだから青春ドリーム号に乗るのはやめよう、次はせめてドリーム号の一人席にしよう(ま、これが取れなかったから乗ることになったのですが)、と、改めて思ったのでした。


 ビッグフェイスが富山で降り、金沢着までの小一時間はゆっくりすることができました。午前中は金沢観光、駅前で軽い朝食をとってからまずはバスで兼六園へ。これで日本三大庭園制覇。テレビで見たハート型の模様のある鯉のことをふと思い出し案内所で訊いてみると、いつもは瓢池の橋の下辺りにいるのだけど、今は工事やお掃除をしているので別の場所に移されているかもしれないとのこと。ま、どうでもいいんですけどね。とにかくもう暑くって。園内散策も飽きてきたところで開館時間がせまってきた21世紀美術館へ移動。ここも行きたかった美術館の一つ。ここまでで、二つ、願いが叶った。


  続く。