薬缶の思い出


 震災があってから、電気がなくても暖をとることができる石油ストーブを使用している。そのストーブの上にはシルバーの今時の薬缶をのせているのだけど、その薬缶があったまってくると微妙な音を出し、少々気になる。


 その薬缶を眺めながら、昔のことを思い出していた。


 当時つきあっていた彼が高校の時ラグビーをしていて、社会人になってから古い友人たちに誘われ草野球ならぬ草ラグビー?の試合に出ることになった。観にこないかと誘われ、試合についていった時のことだ。競技場の石段の最上階でルールもわからないまま一人離れた場所で観戦していたら、タックルを受けた人が倒れ込んだまま起き上がれなくなっているのを見て、いてもたってもいられず階段を駆け下りベンチに置いてあった黄金色の大きな薬缶をひっつかんでそのままラガーマンの中に突進していったことがあった。


 その円陣の中に飛び込んでいって「大丈夫?」と声を掛けると、その人は辛そうにしながらも起き上がり試合が続行されたので私はその大きな黄金色の薬缶をよたよたしながら元の場所に戻し、また石段を登って今度は大人しく観戦していたのだけど、あの時私はあの薬缶に入っていた水をぶっかけるつもりだったのかしら?
 
 あとで彼に「薬缶を持って走ってきた時はびっくりした。女の人がそんなことするの見たことない。それにアイシングするんだったら救急箱にスプレーがあったんだよ」と、ものすごく遠い目、というか鳩が豆鉄砲くらったような顔で言われてしまったのでした。結局、彼がラグビーの試合に出たのはその一回きりで、本人は「この間の試合で体力が落ちていることがわかったし、仕事が忙しくて練習にも参加できそうにないから」と、断わっていたようなのだけど、本当は私のとった行動が恥ずかしかったのかな、とか今更ながら思ったのでした。


 たぶん、私はあの頃と今でもそんなに変わってなくて、人をガッカリさせたり恥ずかしいと思わせてしまうことにかけては天才的な人間なんだと思う。