観察と鑑賞

fleurette2010-05-23



 朝6時、文芸坐を後にする。一応最終便のバスのチケットは押さえておいたが、どうにも眠くてそんな時間までいられそうになかった。朝一番のバスは7時発だから(以前は10時だった)速攻で帰ろうと思えば帰れるのだが、せっかく久しぶりに上京したのになんかそれももったいないかなあ、と思案しながら電車に乗り込むと、斜め向かいのドアのすぐ横の座席には、顔を上げ口をポッカリ開けて思いっきり間抜け面で熟睡しているサラリーマン(新人っぽい)がいた。そして途中から乗り込んできた知り合いによく似たコデブ君が唯一空いていたそのリーマンの隣に腰をドッシリと降ろした。
 しばらくするとコデブ君はケータイを握り締めたままリーマンに誘発されたかのように眠りについた。まるで田舎から出てきた大都会東京で、片寄せあって健気に生きているカップルのような体でリーマンに頭をもたれて眠りこんでいった。その姿があまりにも可笑しくて私はニヤニヤしながら観察した。そして、この結末を見届けようと決意したのだ。つまり、東京駅についても下車せず、私は生暖か〜い目でこの俄かホモ?カップルに付き合うことにしたのだ。
 体の向きを変えリーマンがコデブ君に甘えるように頭を投げ出した。すると今度はリーマンの膝の上に置かれたデカイ鞄の上にコデブ君は気持ちよさそうに見を投げす。そしてだんだんと緩んでいくケータイを持つ手。辺りにもう人はいなかった。いやだなあ、ケータイが落ちたりしたらお節介なワタクシは「落としましたよ」なんて言って起こして、この若いカップルをブチ壊してしまうに決まってる。ああ、落とすなよ、落とすなよ、と思いながら、いつしか私も眠りについてしまっていた。

ボテッ。

 ああ、とうとう落としちまったか…、ゆっくり瞼をあけると、何時の間にか車輌の座席がいっぱいになっているのに気づいた。彼らのお隣に座った人たちも、正面に座っている人たちも皆それに気づいていていながら無関心を装っていた。そして秋葉原だっただろうか、コデブ君がものすごい勢いで倒れこむように頭から外のホームへ突進して行ったのだ。そのあまりの素早さに誰も声などかけられなかった。私は微動だにせず虚ろな瞳で取り残されたケータイを見つめていた。乗り込んできた女性がそのケータイを見咎めると、中年のオジサンがホームを指さし「あの人のですよ」と。が、ドアはもう閉まっていた。
 つまんねー結末だったな、と思いながら今度は見捨てられたリーマンに目を向けると、奴は鞄を空いた隣の座席に置いてクッションのようにその上に覆い被さって眠りにつき始めた。これじゃ山手線をあと何週するかわかりゃしない。とても付き合いきれないと、上野で降りることにした。駅で歯磨きと洗顔(顔も洗わずにフラフラ歩き回るなんてとてもできない)、目の下の大きなクマに驚く。それから朝食だ。BLTサンドとホットカプチーノ。美術館が開く時間になるまで、しばらく本を読んで時間をつぶす。
 駅を出ると雨。よく行く都美術館は休館中だったので、散歩がてら東京芸術大学美術館のコレクション展を観ることにした。500円と安かったし。芸大は学生の頃に友人誘われて彼女の兄の卒業制作展を観に行ったくらい。もちろん、芸大とは別の建物だが。展示は朝倉文夫という人(知らんがな)の彫刻。でも、もし私が美術の道に進んでいたなら、それは間違いなく彫塑であったろうと思う。いや実際高校生の時、放課後、美術教師に特別授業を受けていたのだが、その中でも粘土をこねて石膏像の顔をそっくりに作るのは好きだった。が、気まぐれなのでその石膏像が気に入らない(触手が伸びない)バッハだかベートーベンだかのデスマスクだった時には本当に嫌々やっていたのでなかなかOKがもらえなかった。それ以外ではいつも一番にOKをもらっていたのに、だ。
 で、開場へ入ると、えなりかずきの裸体にびっくり。そっくり過ぎて笑ってしまった。あと松井須磨子とか巨大な大隈重信とか。(これは本当)個人的には『緑の影』という岩の上に腰掛けている裸の女性のバックシャンぶりが一番気に入った。総じて正面は美しくても横顔はイマイチというのが日本人だと思っていたのだが、その逆で正面よりも横顔が美しい女性ばかりだった。外人は横顔はよくても正面はエラッ張りで女性らしくなかったりというパターンが昔は多かったと思うのだが。
 美術館を後にする頃には、すっかり足が痛くなってしまって(なにせピンヒールのサンダル)、いつもは大股でサッサと歩くのにまるで足裏全体に水脹れができてしまったのではないかというような激痛、これが晴れていればベンチにすわって休憩もできるのに雨で全部濡れてしまっている。着物でも着ているかのように小股でゆっくり時間をかけて歩いていたら、なんだか精神的にも拷問をうけているような気分になってしまった。これではもうどこにも行けない。武相荘もトゥルネル泉画廊も無理。また延期だ。
 東京駅でチケットの変更。昼食をとって帰ることにした。地下の食品街はどこも行列だったが、そこはお一人様の強みで、待つことなく入れてしまった。帰りのバスの中から雨に煙る東京スカイツリーをケータイでパシャ、と。撮っていたのは私だけ?なにせイヤホンで音楽を聴いていたのでわからなかった。が、通路の反対側に座っていた若いカップルはコッチを見ていたから気づいたのかな。それとも私のケータイのシャッター音にか。どうでもいい、もう寝よう。