パリの月、キヨシロー、スティング、青い月

fleurette2010-08-31



 深夜。手製の日よけは、ベランダに置いたアウトドア用の折りたたみ椅子にどっかりと腰を下ろして一服する時の目隠しにも丁度いい。目の前に建ったアパートは、夜空に広がる星たちを眺める楽しみを奪っただけではない。
 アチラにとっては裏側となる正面の部屋の外壁には通常の窓と浴室の換気のための小窓があるが、私の住んでいるアパートと違って部屋を縦に並べて建てられたので外の陽が全く入らない造りになっている。概ね寝室として使われているようなのだが、どういうわけか、向かいの部屋の住人は電気をつけたまま窓を開け放つことに躊躇ないようで、そのたびに私はすごすごと部屋に舞い戻ることになる。
 いつだったか、真夜中に各部屋の明かりが全部消えているのを確認してからベランダに出て、紫煙を燻らせながら小さくなってしまった夜空を眺めていると変な音が聞こえてきた。何だろうと思って耳を澄ませていると、それはスタッカートの効いた、ハァ、ハァ、ハァ、ハァという規則正しく息を吐く音だった。「何?」と、小さく呟いた直後にバンッ!と勢いよく閉められたのはくだりの向かい部屋の窓だった。暗くてわからなかったが、ちょっとだけ開いていたのだ。


 ゲゲッ!真っ暗な部屋ん中でいったい何やってんのよ、キモいんですけど!


 声も出せずに鳥肌が立った夜。どんな人間が住んでいるかなんて知りたくもないワタクシは不用意にベランダに出てしまっても、決して顔を合わすことのないように雨の日以外はこのお手製の日よけを夜も外さない。そして更に小さくなってしまった夜空を、手摺りの端っこに背を向けて寄り掛かかり思いっきりのけぞって見上げながら、なぜこんなことになってしまったのかを星たちと語り合う。
 都会では今だに続く熱帯夜。こちらはだいぶ涼しくなって、最近はタバコの代わりに耳に押し込んだイヤホンから流れる音楽のシナジー効果も相俟って、うっかりするとそのまま朝まで…、ということにもなりかねない。明日は久しぶりに上京し映画を二本鑑賞する予定なので、今夜は夜更かし厳禁だ。私にとって酷暑の渋谷は地獄以外の何物でもないのだが、観たい映画の上映が3日までだからしかたがない。映画の日、ということだけが唯一の救い。