帰って来る身


 起きて鏡を見ると瞼が破裂しそうなくらいにピンク色に膨れあがっていた。まあ、寝る前に冷やさなかったし予想はしていた。そのまま何も食べずにボーっとしてるうちに3時になろうとしていた。

 天気悪い。暗くなる前に捜しに行かなくちゃ、と着替えて化粧もせずに昨日買った水とドッグフード缶を持って車に乗り込んだ。

 くるみを見失ったコンビニで、温かいカフェオレとパンとおにぎりを買い、駄目元で、昨日、ビニール紐を切ってくれた店員の男の子に黒いワンコを見かけなかった聞いてみたり…。

 近くの路地を何度も行ったり来たり。不審車輌として通報されてもしかたないくらい。動物病院の前を通りがかり、ひょっとしたらと裏口に回りこむとブルーの診察服を来た女医さんらしき姿が見えた。車を止めて声をかけたが家の中に入ってしまって聞こえないみたい。入口には「本日休診」の札が下がっていて一瞬躊躇ったが、すぐに思い返してインターホンを押した。


「すみません、ちょっとお窺いしたいんですけど、昨夜、こちらで黒い柴犬を預かってはいないでしょうか?」

「迷い犬ですか?」

「はい…」

「あー、迷い犬の連絡はこちらには入ってませんねえ」

「そうですか。わかりました、すみません。」


 て、自分のワンコでもないのに何やってんだろ。こんなことなら、後をついてきた間中「くるみ、くるみ」って ずっと呼んでればよかった。そしたら、飛んで来たかもしれない。ふたりっきりでずっと散歩した川辺りに青々とした胡桃がたくさんなっていたから、ウチのコになったら「くるみ」にしようと思ったのだけど…。

 大昔、4つ年下の恋人から胡桃のキーホルダー(*1)を旅行のお土産に貰ったことを思い出した。随分と地味なお土産だなあと眺めていると、彼がなぜこれを選んだのかを話してくれたのだ。


「これはね、どんなに遠く離れていても、自分の所へ必ず帰って来る身と胡桃を掛けているんだよ。」


 ……。


 くるみ、また会えるかなあ。でも、あのコなら誰からも可愛がってもらえる、きっとうまくやっている。


(*1)ちなみにそのキーホルダーは別れた時、他のガラクタとまとめて一緒に突っ返しましたとさ。