妄想のような夢とヘロデ


 とても奇妙で、それでいて生々しいリアル感のある夢を見た。


 私は長閑な温泉街へ向かうバスに乗っている。車内は青白いライトが照らされていて外はすっかり暗くなっている。ふと左を見ると、見覚えのある男性が身じろぎ一つせず真っ直ぐ正面を向いて座っていた。


 ああ、このこは本当に私のことが好きだったんだ


 私もゆっくり正面に向きなおし、きっと咎められたくなくて黙ってついてきてしまったんだろう、あんな酷いことを言ってしまったのに…、などと殆どストーカーの思考のようなことを静かに考えていた。ガタコトと悪路を走り続けるバス。それ以外の音は一切なかった。他にも乗客はいるというのに、生きている人の気配が全くない。タイヤの軋みに合わせて揺れる、体があるだけ。


 霧も出ているのかヘッドライトに照らされた道はほんの数メートル先しか見えない。ゆっくり視線を回転させ、そして運転手のすぐ後ろの席に座っていた中年男性でその動きが止まった。やはり見覚えがある。違和感があったのはリーゼントのように不自然に盛り上がった前髪。ズラを被った、20代の時に別れた元夫だった。帰国していたのか。が、これはとんでもない確率のただの偶然だ、と思う自分がいた。


 一人で旅していたはずだったのに、車内に決して浅くはなくかかわってきた二人の人物が乗っている。真っ暗な田舎道。乗り合いバス。赤の他人と二人と。息さえしていないような静けさと小刻みに揺れる体がいったい何を象徴しているというのだろう。


 が、意味など見つけ出す必要はない、これは夢だ。それにたとえ実際に起こったことだとしても、この世で起こったこと全て、あるもの全ての意味を掴みとろうとしてはいけない。それでは生きていけない。