お節介おばさんになると決めた日


 先日、ピンポンダッシュなるものを初めてした。いや、実際ダッシュはしてない。しかし知らない人の家の前にしばらく立って、やっぱりやめようかどうしようかと頭の中で反芻した直後には指が勝手にインターホンを押していた。部屋の中の反応がなく、ドキドキしながら二度三度と繰り返し押してみた。が、居留守というよりインターホン自体が作動してないようだった。ホッとしたような、でもせっかく勇気を振り絞って来たのに、これじゃ誰かに見られていたら私が完全な不審者じゃないか、とドキドキする胸の鼓動とは裏腹にゆっくりと踵を返し、握りしめた拳を不自然に大きく振りながら部屋に戻った。
 なんでそんなことをしたかというと、向かいのアパートの下の部屋から一歳児くらいの赤ちゃんの尋常じゃない泣き声が聞くこえてきたから。これまでも度々聞こえてきたその悲鳴に近い泣き声は長い時だと30分くらい放置される。私はその悲惨な泣き声にただもう気が気でなくて部屋の中をうろうろしたり、カーテンから顔だけ出して泣き声が聞こえる階下の窓を見つめては途方に暮れてしまうのだった。食事も与えられないまま酷暑の部屋に閉じ込められ幼い兄弟が死亡した事件が脳裏をよぎる。
 本当に助けられなかったのかな。誰も助けようとしなかっただけじゃないのかな?親からも社会からも見捨てられた幼い命。彼らがうすれゆく意識の中で最後まで待ち望んだものを思うと…。
 堪えられん。お節介おばさんにでもなんでもなってやる!ご近所からどう思われたってかまうもんか!と息をまいて表に出た。一応親には断ってから行こうと実家に寄ると、まるで私が来るのがわかっていたように廊下に母が立っていた。母の答は案の定「関わるな」だったが、「赤ちゃんがずっと泣いているようですが大丈夫ですか?って聞いて、それで様子がわかれば安心できるじゃない」というと、諦めたように好きなようにしろ、と。で、冒頭のようなことになった次第なのだが、結論から言うとなんでもなかったようだということ。
 赤ちゃんが泣いていた部屋からは、しわがれた年配の女性(おそらくおばあちゃん)の「おお、何だろこの赤ん坊は…」と言う困惑したつぶやき声の後、部屋を移動してしまったのか泣き声もやみ、ただレースのカーテンだけが静かに揺れていた。
 んー、つまり癇癪持ちの赤ちゃんをおばあちゃんがもてあましていた、というのが真相みたい。あー、よかった。しかも私が押していたのは、隣の空き部屋のインターホンだった。どんだけ緊張してたんだか。(笑)